第5回 企業が法の前を歩む時代へ向けて – 企業のための「障害者雇用促進法」読本

企業のための「障害者雇用促進法」読本 ~その誕生から「2010年以後」の改正ポイントまで~

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第5回 企業が法の前を歩む時代へ向けて

第5回: 丹下 一男 (ATARIMAEプロジェクト障害者雇用アドバイザー)

――「戦争で負傷した兵士への補償」という歴史から始まった障害者支援は長い時を経て変化してきました。雇用促進法は今後、どのような方向に向かうのでしょう。

 平成22年7月から納付金制度の対象が従業員201人以上の企業に、平成27年4月以後は101人以上の企業に拡大されます。さまざまな障害をもつ人が日本中のあらゆる企業で働くことが、今後ますます進むことは間違いないでしょう。大切なのは、こうした流れが企業にとっての負担や障害者にとっての不安とならないよう適切な制度を整えていくことです。
 戦後の障害者政策は改正を重ねてきましたが、福祉と雇用がかけ離れたまま進んできたことに問題がありました。身体、知的、精神と3つの障害別に定められた福祉法が、相互の調整を欠いたまま改正を進めたことで、一時は各法律が定めた類似の制度・施設が合計で33種に及び、部外者には理解することも難しいほどでした。

――縦割り行政の結果、使いにくく無駄な制度が増えてしまった。

 もう1つ、福祉法ではもっぱら障害者に対するサービスの提供や保護に重点が置かれ、「働く」ということについてあまりインセンティブを与えていませんでした。一方の雇用促進法も、自ら積極的に雇用の場を求める人を対象とするにとどまり、福祉の場にいる人たちに対して「働ける方はぜひ雇用の世界にきてください」と呼びかけるところまではいっていませんでした。つまり、福祉行政と雇用行政をつなぐ法規定は、残念ながら無かったのです。バラバラだった2つの分野を初めてつないだのが、2006年に施行された障害者自立支援法です。

――自立支援法は、福祉サービスの利用に原則1割の負担を求めることに障害者団体などからの反発があり、見直しが検討されています。

 支援費制度や受益者負担の原則については、大いに議論があってしかるべきでしょう。しかし自立支援法がもつもう1つの大きな柱、福祉と雇用の一体的な施策という理念は失われてはならないと思います。
 日本の労働力人口の8割以上が「雇用」の形で働いており、その内9割強は民間企業に勤務しています。一方、障害者の数は少なめに見ても人口の約5%と推定されていますが、雇用の場に出てきている人はわずか50万人弱。働ける人は多いのに福祉の領域で機会を待っているという現状があります。
 障害者雇用について、企業での雇用には厳しいものがあるから、できるだけ福祉の分野に留まるべきだ、という意見もありますが、その「福祉」についての負担は相当な部分、企業が特段の見返りもなしに負っているという現実に目を向けるべきでしょう。障害者の雇用によって、企業はその負担を減らすことができ、さらに障害者個々のもつ能力を発揮してもらうことで生産性を享受することもできます。なおこの場合、健常者との比較で生産性を不安視することも多いのですが、よく考えてみると個々の障害者・健常者には、すべて能力の水準や方向性に個人差があって、必ずしも絶対的な比較基準があるわけではありません。障害の有無に関わらず、それぞれの人についてゼロベースで生産性を論ずることが妥当と思われます。そして、雇用の場に登場する可能性のある人が、1人でも多く働けば、結果として福祉の領域では、真にサポートを必要とする障害者に資源を集中させることが可能になるのではないでしょうか。

――「障害者が働くということ」が義務でも福祉でもない「あたりまえのこと」になるような社会に向かっていくということですね。

 前にも述べましたが、昭和35年に雇用率が1.1~1.5%と定められたとき、企業の側からそれほど不満の声は上がらなかったといいます。福祉だ、雇用義務だという概念が希薄だったぶん、当時は逆に、自然に雇っていた面があったのではないでしょうか。「OO障害の人」ということでなく、「熟練工だった人がいる。しかし戦争で障害を負った。彼はいい腕をもっているというから来てもらおう」というふうに、基本的に「人」を見て普通に雇用していた企業も多かったのではないかと思います。
 障害者雇用促進法は、今後も企業に対する制度上の要請が強まる形で進んでいくと考えられます。それを負担に感じるのではなく、むしろ先取りしていく考えで、障害者が活躍できる職務を発掘していく姿勢をとってはいかがでしょうか。障害者が適切な職業につき能力を発揮できるようになることは、障害者の幸せのみならず、雇用する企業、そして社会全体の利益につながるのですから。(了)

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