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企業のための「障害者雇用促進法」読本 ~その誕生から「2010年以後」の改正ポイントまで~

第3回 「身体障害者」から「障害者」に

―昭和35年に制定された「身体障害者雇用促進法」では、企業に障害者を雇用するように求め、法定雇用率も定められていました。この法律が昭和51年に大きく改定されます。どこが変わったのでしょう。

 最大のポイントは、これまで「雇用努力義務」だった企業の障害者雇用が「義務雇用制度」に変わったことです。なぜそうなったのかといえば、おもに大企業で雇用がなかなか進まなかったという背景があります。意外に思われるかもしれませんが、当時は中小企業の方が、とくに行政の働きかけがなくても普通に障害者が雇用されていた面もありました。親戚知人に頼まれて雇ったり、個々人の能力に応じた仕事に就かせて活用するなど、障害者がふつうに働いているところは多かったと思います。
 一方、大手といわれる企業には、まだまだ「障害者が本当に働けるのか」といった偏見が根強くあり、なかなか採用に結びつきません。高度成長の中で労働力不足がいわれている、にもかかわらず障害者がほとんど働くことができていない、これはおかしいのではないかという議論が起こります。障害者を育て、労働力として活用するためにはどのような環境が必要なのかという意見交換が昭和48年ころから始まり、51年の抜本改正につながったのです。

―納付金制度なども、このときにできたのですね。

 納付金は「ペナルティ」などといわれましたが、これは「罰金」ということではなく、企業同士の不公平の是正ということから生まれたものです。障害者を雇用している企業とそうでない企業、努力している企業と努力していない企業が同じ扱いというのは不公平なので、経済的負担を納付金という形で分配しアンバランスを調整しようという制度です。「納付金を払っても雇用義務は免除されない」というのは、つまりそういう理由です。納付金制度のほかにも、除外率制度、重度障害者のダブルカウント制、社名公表、種々の助成金制度など、現在の法制度の基本となるものは、大体このときに整いました。しかし、大きな課題がまだ残っていました。それは知的障害者を雇用の対象として考えるかどうかという議論です。

―昭和62年に知的障害者も対象となります。しかし論議はその前からあったのですね。

 昭和51年の改正時にも話し合われたのですが、時期尚早との結論になりました。知的障害者が果たして雇用に適するのかどうか、このころにはまだ判断が難しいと考えられたのです。たしかに当時は知的障害者に向けた職域も拡大しておらず、サポート体制も整っていません。どんな仕事があるのか、そのためにはどんな支援が必要なのか、ほとんど理解も準備もできていない。こうした現状を踏まえ、知的障害者に対しては職業紹介や適応訓練などについての対象とするにとどまり、昭和51年の改正では雇用率、納付金制度の対象とすることは見送られました。 それが変わったのが、昭和62年6月の改正です。対象を身体障害者からすべての障害者に拡大し、法律の名称も「障害者の雇用の促進等に関する法律」と改められました。身体障害者から障害者へ、「身体」の文字がなくなったのです。しかし、精神障害者への施策には未だ格差がありました。

―戦争で負傷した兵士というところから始まった障害者の概念が、ここで変わった。

 大きな改正だったと思います。現在の障害者雇用についての理念はこのときの改正が原型となっているといっていいでしょう。昭和56年に国連が「国際障害者年」を決議し、障害者の社会参加は世界的な潮流となりました。ノーマライゼーションという理念に基づき、この後も障害者雇用制度は改正されていきます。次回、お話したいと思います。

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