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企業のための「障害者雇用促進法」読本 ~その誕生から「2010年以後」の改正ポイントまで~

第2回 「雇用率」はこうして定められた

―日本ではどうだったんでしょう。

 「軍人恩給」はありました。明治7年の「佐賀の乱」をきっかけにできたといわれています。江藤新平を中心とした不平士族が明治政府を相手に起こした大規模な反乱で、創始されたばかりの国軍の兵士として雇われた農民や漁民の多くが負傷し、なんとか報いなければと作られた制度です。この後も日本も実に多くの戦争をしましたが、基本は恩給という所得保障で、対象は軍人か公務員に限られていました。

―それが昭和35年の「身体障害者雇用促進法」で変わった。

 恩給が敗戦後停止されたという背景もありますが、日本が戦後、国際社会にようやく復帰し、世界各国の障害者への取り組みが情報としてドッと入ってきたという事情もあります。面白いのは、日本が採用したのがフランス・ドイツ型の企業に障害者雇用を割り当てる「雇用率制」だったということです。アメリカは違うアプローチをとっていました。アメリカという国は皆様もご存知のように、個人の自由を尊ぶ価値観があります。民間に対して国が何かを強制することを好まない風潮がある。一方で人種差別など社会的差別がシリアスな問題としてありました。だから、差別のない採用や障害者の就業環境を整えることを義務付ける「差別禁止・機会均等制」という方式にしたのです。なお、スウェーデンなどは、差別禁止を基盤として公費の補助を出すという方式ですね。

―「小さな政府か大きな政府か」という選択と似ていますね。

 いずれにしろ、日本が昭和35年の身体障害者雇用促進法で採用したのが「雇用率」を定め、企業に障害者雇用を割り当てるという方法でした。当初は努力義務として、民間事業所には1.1%(工場など現場的事務所)か、1.5%(事務的事業所)、官公庁は1.4%(現業的事業所)、1.5%(非現業的事業所)となりました。昭和43年に民間事業所は一律で1.3%と改正されます。

―昭和35年の1.1~1.5%は、現在の基準と比較しても低くはない数字に感じられます。

 これも興味深いことなんですが、努力義務だったとはいえ、当時この雇用率に「高すぎるじゃないか」という企業の不満はほとんどなかったといいます。というより、実態として法律などなくても、このくらいの率の障害者はふつうに雇用されていたのではないでしょうか。私は欧州を視察したとき、「なぜこのパーセントなのか」と質問し、担当者が「わからない」と口を揃えるのに驚いたことがあります。欧州諸国は法定雇用率が4~6%で推移していますが、おそらく「努力目標」として定められた数値ではないでしょうか。対するに、日本では成立当時から、達成可能な基準を目指して国内の障害者の割合や労働力調査など多くの統計から、精緻な数値を割り出したのではないかと考えられます。

―「日本の官僚が優秀」というのは本当なんですね。

 とはいえ法律の名前どおり、対象は「身体障害者」という「見える障害」に限られていました。この後、内部障害や知的・精神障害などを含め、どこまでが障害者なのかという議論が広がり、昭和51年の民間企業に対する義務化をはじめとした、その後の改正を通じてすべての障害を対象にする方向へ進んできました。

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