平成20(2008)年、社長だった大山泰弘さんが会長となり、長男の大山隆久さんが社長に就任した。知的障害者を主力とした会社経営をどう引き継いでいくのだろうか。
下村 社長になられる時、会長が確立したものを引き継いでいくのは大変だな、という思いはありませんでしたか?
社長 生易しいことではないとは思っていますが、会社を継続し、少しでもいい会社にしたいと考えています。その点、会長がまだ元気でいてくれるので心強いですね。
下村 今後の日本理化学工業の課題は何だとお考えですか?
社長 チョークは景気に左右されずにきた商品なので、70年もやってこられた面があります。ただ、これからはチョークだけに頼っていくのは非常に難しいですし、障害者たちがより能力を発揮できるような事業や商品にどんどんチャレンジしていかなければいけません。土台はもうつくってもらっているので、それをいかに少しずつ広げていけるか。
下村 障害者の人たちが新しいことを覚えるのは大変だと思いますが、それでもチャレンジをしていくことが必要だと?
社長 まったく新しいチャレンジではありませんが、10年前に比べても、チョーク関連の商品が横展開で増え、それに伴って新しい仕事も増えてきました。その過程で気づいたのは、いろいろな仕事があると、彼らもより成長するということです。適度に新しいチャンレンジがあるのは逆にいいのではないかと思います。
下村 今、雇用情勢は非常に厳しいですが、障害者雇用にとってもやはり逆風ですか?
社長 健常者でもずいぶん就職が難しい状況ですから、逆風ですね。うちも含めて一般企業に勤めている障害者は、一回外に出てしまうと再就職できる可能性は極端に低くなっている。ですから、頑張って利益を出して会社を継続し、彼らを絶対に路頭に迷わせちゃいけない。それが僕らの役目だと思っています。
下村 その厳しい環境のなかでも、高い障害者雇用率は守り続けていく決意ですか。
社長 もちろん知的障害者の雇用率70%以上、重度の人たちをそのなかの5割、6割というのはずっと維持していきたい。でも数字に縛られるつもりはありません。時代の流れのなかで、仮に規模が大きくなったり、新たな展開があった時に、健常者の割合が少し増えることもあるでしょう。ただ、絶対にうちのような会社はなきゃいけないと思うので、障害者の高い雇用率を維持しつつ、さらにたくましい企業に成長させたいとは思っています。
下村 最後に会長にお伺いしたいのですが、今後、社長との役割分担は?
会長 社長には日本理化学の経営に集中して、障害者雇用を前提に会社の発展を考えてくれと。私は、こういう企業がたくさんできるような環境づくりの面で、もうしばらく頑張らなければいけないと思っています。
大山泰弘(おおやま・やすひろ)さん
日本理化学工業 取締役会長
昭和7(1932)年生まれ、77歳。日本理化学工業の創業者の父親の跡を継ぐべく同社に入社。昭和49(1974)年、社長に就任。平成20(2008)年より現職。障害者雇用のためにさまざまな努力を行った経営者として各方面から賞賛されている。著書『働く幸せ 仕事でいちばん大切なこと』。昭和56(1981)年 国際障害者最終年に内閣総理大臣より表彰される。平成15(2003)年 厚生労働大臣表彰、日本障害者雇用促進協会会長より表彰される。平成16(2004)年 春の叙勲、瑞宝単光章を受賞。平成21(2009)年 渋沢栄一賞を受賞。



























