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作業所「さくらんぼ」奮闘記-福祉と就労の間で-

第5回

「働くことの意味」

さくらんぼでは、お菓子製造以外にも紙袋に底板を入れる等、外注の仕事を請けている。私が職員になって間もない頃、こんな出来事があった。

「幸田さん、袋ここに置いておくけど、数をチェックしてくださいね。」と50代の女性利用者さん。紙袋を25枚ずつ束ね、4束1箱に入れる作業だ。彼女は4束をきっちり揃えて私に渡してくれる。箱に入れるのは私たち職員の仕事だ。

彼女は知的障害が軽度で、しかもさくらんぼ在籍10年のキャリアがある。そのため、仕事の早さと正確さは、途中で入ってきた私などは到底かなわない。

でも、彼女は役割をわきまえていて、けっして出しゃばることなく、私をさりげなくフォローをしてくれる。気配りができる彼女を素晴らしいと思っている。

何より、楽しそうに一生懸命、仕事に取り組んでいる彼女の姿には心打たれるものがある。もちろん、彼女だけでなく、他の利用者さんも障害の軽重に関係なく真面目に作業をしている。仕事の途中で立ち歩くなど、サボるような人はいない。

ただ、なかには能力があるにも関わらず、気持ちが仕事に向かない人もいる。

仕事をする意味を理解できていないらしく、急ぎの仕事でもマイペース。一日にこなす仕事量は少なく、労働評価がどうしても下がってしまう。

人はなぜ働くのだろう。

「職場で役に立っている」「できないことがだんだんできるようになるって嬉しい」「お金がもらえる」「褒めてもらえる」だから働くのだと、あるテレビ番組で障害のある人が話していたことを思い出す。

では、障害者本人が働く意味を感じられるようになるには、どうしたらいいのだろうか。

まずは家の手伝いをして、家族から「ありがとう」と言われることだろう。体験を通して、人の役に立つ喜びを覚え、自分で買い物をすることでお金の持つ意味を学ぶなど、幼い頃からのこうした積み重ねしかないと、私は思う。将来自立することをイメージし、働くために今、蓄えなければならない力はなにかを考え、子供に能力をつけることが親の役割。そうダウン症の娘が生まれたとき、先輩から教わった。こうしたことは、残念ながら高校を卒業してから学ぶのでは遅すぎる。働く意味や喜びを知らずに育った人に、いくら作業所が工夫をして指導しても限界がある。肝心の本人にやる気がないのだから。もっと幼い頃から働く意味を学んでいたら……と、歯がゆい思いをすることも多い。働くことが楽しい、幸せだと本人が感じられるよう、親や周りが時間をかけて導いてほしいと切に願う。


集中して紙袋の仕上げ作業をする作業所の利用者さんたち。