
第8回
スポーツ編2
「ランナーが授かった歩みの遅い息子」
「あの人気タレントの△△の子どもに障害があるらしいと聞いたけれど、本当なのですか」。そんなことを聞かれることが度々ある。障害者の親の会などのネットワークは全国に張り巡らされているので、そうした情報がキャッチされては飛び交うことになる。そのいくつかは本当であり、いくつかはあまり根拠のない噂だったりする。
それにしても「障害の子がいるらしい」情報があっという間に広がるのはなぜなのだろう。それはたぶん、噂になっている相手が有名人だからなのだが、それだけではない。「障害の子がいるらしい」ということが秘密にするべき類の情報というにおいがするからではないのか。知的障害に対する偏見が根強かったころならまだしも、知的障害者が主人公として登場するテレビドラマがたくさん作られ、その多くが高視聴率を得ている時代なのである。いや、ドラマというフィクションの世界の知的障害者には共感し涙を流しても、現実の世界の生身の障害者はまだまだタブー視されるということなのだろうか。
「下の子どもに障害があることを明らかにしたら、バラエティーの出演依頼がパッタリ来なくなりました」
真剣な顔でそう言うのは松野明美さんである。松野さんと言えば駅伝やマラソンで日本のエースとなり、引退してからはバラエティー番組で独特のキャラクターを披露して人気者になった人である。
「どうしてですかねえ」と問う私に、松野さんは苦笑を浮かべながら言った。
「やっぱり笑えないということなんじゃないですか」
障害児がいるというイメージがちらつくと視聴者が笑えなくなるということなのか。どれだけおもしろいことを言っても、〈障害者=可哀そう〉というイメージが視聴者にあると笑えなくなるのか。
松野明美さんの苦悩
松野さんがテレビに登場するようになってもう20年以上が過ぎた。全日本実業団対抗女子駅伝で「伝説の12人抜き」を演じたのは1987年のことだった。身長は147㎝。小枝のような細い体で、熊本ニコニコドーという地方の会社を全国デビューさせた。その姿は鮮烈だった。
ソウル五輪では女子陸上長距離唯一の代表として10000Mに出場した。全力を出し切り、フィールドに倒れる姿を今でも覚えている人は多いのではないだろうか。
「私を選んでください」と悲痛な声で記者会見をしたのはバルセロナ五輪の時だった。落選して悲劇のヒロインとなり、陸連の不透明な選考基準に世論がわいたものだ。それにしても選考前に自分を選んで欲しいと記者会見するなど前代未聞のことだった。いかに勝ち気な性格なのかがわかろうというものだ。
「とにかく誰よりも速く走ることだけが目標だった。1番にならなければ気が済まなかった」
駅伝やマラソンに人生をかけていたころの自分について松野さんはそう振り返る。神様というものはなんて皮肉なことをするのだろうと思うことがある。誰よりも速く走ることがすべてだったというランナーに、誰よりも遅くしか歩めない子どもを授けるのだから。
現在、松野さんのマネージャーをやっている夫との間には二人の子どもがいる。二男が生まれてきたとき、ダウン症という障害を持っていることを知らされた。先天的に心臓が弱く、母親である松野さんが退院してからも二男はしばらく病院で様子を見守ることになった。母乳を冷凍パックして病院へ運ぶ日々が続いた。生まれたばかりのわが子を抱けないつらさは、多くの障害児の母たちによって語られているが、松野さんもその例外ではなかった。
「どうして私のところに生まれてきたの」と松野さんは運命を呪ったという。それはそうだろう。ずっとスポットライトを浴びてきたのだ。陸上競技を引退してからはテレビのバラエティー番組で人気を集めた。機関銃のような早口のトーク、クイズ番組、ものまね、何でも体当たりで笑いを取った。小さな体から汗をほとばしらせ、誰よりも努力して道を切り開いてきたのだ。
二男はいま、5歳。幼稚園の年長組になった。声は出すが、なかなか言葉にならない。おむつが取れない。駆け足で成長していく子どもたちの背をながめながら最後尾を歩んでいる。でも、可愛い。そんな二男のことをテレビで話したら心が楽になったという。
誰よりも速く走ることを生きがいにしてきた松野さんに、ゆっくり歩む人生もあるのだということを教えてくれたのは障害のある二男である。風を切り、前だけを向いて速いスピードで走っていると見えないことが、ゆっくり歩いていると見えてくる。速さや強さだけでは幸せの大きさは計れないのだ。
故郷の熊本県の田舎町で夫や双方の両親たちに助けられながら松野さんは暮らしている。来春は1年生。たくさん不安もあるが、今の小さな幸せを抱きしめている。
松野さんとは7月にシンポジウムでご一緒した。本番前の控室でも、あの機関銃のようなしゃべりはまったく変わらなかった。大勢の聴衆を前に障害のある子のことを話す横顔はどこにでもいる母そのものであった。どこにいても少し後ろで目立たないように見守っているマネージャー役のだんなさんが印象的だった。

