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映画の中の障害者 福祉の道を歩んできた大学長の映画レビュー

第7回

スポーツ編
「人間は素晴らしいところと足りないところがある」

障害のある子は親の職業を選ばずに生まれてくるものだとつくづく思うことがあります。

プロ野球の有名選手が記録を達成したとき、試合後にスタンドで観戦していた家族と一緒に喜びを分かち合うシーンがテレビで放送されたのを偶然見ていました。まだ小さな子どもを抱き上げてスタンドのファンに向かってその選手が手を振ったのを見たとき、あっと息をのみました。抱き上げられた子どもには明らかに知的障害があるのがわかったからです。

感激した面持ちで選手はファンに感謝の言葉を述べ、障害のある小さな我が子を本当に慈しむように抱きしめたのでした。

プロ野球といえば子どもたちにとってはあこがれの職業。スター選手はファンにとってはヒーローですが、現役時代はそれはすごいプレッシャーの中で毎試合臨んでいるのだと選手だった人に聞いたことがあります。負傷したり体調が悪くてもそれを口に出したら試合に出してもらえないので、黙っている。それで活躍できなければ2軍に落とされる。言い訳をすればたたかれる。厳しいプロの世界を生き抜くためには、運動センスや肉体的才能だけでなく、自分の内側に強固なモチベーションを維持し続けなければならないのでしょう。それは〈何のために闘うのか〉〈誰のために耐えるのか〉という焼けた剣先をいつも喉元に突きつけられているようなものかもしれません。名を遂げた選手が成功の理由として家族の存在を挙げる例が多いのはうなづけます。

何万人もの観衆の中でプレッシャーの重圧に耐えながら長年活躍してきたあの選手にとって、障害のある子との出会いはどのようなものだったのでしょう。大記録を打ち立てたとき、障害ある子を抱き上げて大観衆の拍手と歓声を浴びた彼の心中を思うと、さまざまな感慨がわき起こってきます。

山下泰裕さんの祝辞

柔道の山下泰裕さんといえば日本柔道のヒーローです。柔道は日本の国技であり絶対にオリンピックでは負けられないというプレッシャーに選手たちはさらされるのは想像に難くありません。しかし、体格的に外国人選手に劣るため、オリンピックの種目に柔道が採用された当初は、重量級では苦しい闘いが強いられていました。東京オリンピックの無差別級で日本選手がオランダのヘーシンク選手に一本負けしたシーンは、日本柔道界やテレビでの観戦者に衝撃を与えました。その後も重量級ではなかなか勝てませんでした。

そうした中で登場したのが山下選手でした。重量級のトラウマを解消する救世主のように期待され、実際、外国人選手相手には圧倒的な強さを誇りました。引退から逆算して203連勝(引き分け含む)、対外国人選手には生涯無敗(116勝無敗3引き分け)という大記録を打ち立てています。国民栄誉賞も受賞しており、「史上最強の柔道家」と言われてます。

しかし、山下選手といえばオリンピックをめぐる不運なエピソードが語り継がれることになります。全盛期で迎えたモスクワオリンピック(1980年)は、ソ連(当時)のアフガニスタン侵攻に西側諸国が抗議して一斉に不参加を決めました。涙ながらに無念の思いを語る山下選手の映像を今でも覚えている人は多いと思います。その4年後のロサンゼルスオリンピックでは、山下選手は足を負傷し痛々しい試合が続きました。決勝で一本勝ちして金メダルを獲得し、男泣きした映像は今も時折放映されることがあります。まさに日本人のヒーローでした。

その山下さんに自閉症の子どもがいることは一部の障害関係者の間でこそ有名でしたが、世間一般には知られていませんでした。

08年7月に熊本市で開かれた自閉症協会全国大会での山下さんはビデオレターで祝辞を述べました。公式の席で息子の障害のことを明らかにしたのはおそらく初めてではなかったでしょうか。会場の人々は柔道界のヒーローの言葉の一つ一つに胸を打たれていたそうです。少し長くなりますが、山下さんの祝辞をここに紹介しましょう。

私はこれまで選手として、あるいは指導者として多くの人々に支えられながら活動してきました。そして努力したことがすべて結果に結びついてきましたので、知らず知らずのうちに強い立場からものをみる、人を見る、そういう人間になっていました。結果が出せない人がいると努力が足りないんじゃないか、工夫が足りないんじゃないか、全力を尽くして真剣にやっているのか、そういう風に見ていたわけです。そんな私の生き方、見方を変えてくれたのが次男でした。次男は自閉的な傾向を持った障害者です。人とのコミュニケーションをとるのが大の苦手です。しかし、たいへん親切で正直でうそがつけません。人に喜んでもらうことが大好きです。彼が考えていることや気持はいつも表情に表れます。次男が、私に相手の立場にたって考えることや弱い立場の人、ハンディを背負っている人について考えることの大切さを気づかせてくれました。

人間は誰にでも素晴らしいところと足りないところがあると思っています。そして、誰一人、自分の力だけで一人で生きてはいけないと思います。現代社会の中で、我々はお互いに支えあいながら生きているのではないでしょうか。障害をもった人と接し行動することは、我々に、我々が持っていながら、しかし今の競争社会の中で失いかけている優しさや思いやりの心を呼び起こしてくれる、私はそういうふうに信じています。

障害やハンディをもった人たちも我々と同じように人間らしく活き活きと生きていく権利があるはずですし、そんな日本になってほしいと願っています。もっともっと多くの人たちが障害を持った人と関わることで、世の中の雰囲気や価値観もよい方向に変わると信じています。

(日本自閉症協会第20回全国大会inくまもと記録誌より抜粋)

負け知らずの栄光の人生を歩んできた山下さんが自閉症の次男と出会って、「誰一人、自分の力だけではひとで生きては行けない」ということに気づいたというのです。どんなに努力してもどうにもならないことが、時として人生には起きます。しかし、誰だって一人では生きていけないのです。ふだん私たちはそれに気づかずに生きているだけなのです。