ページの先頭です。

3つのスキップメニューです。
このページの本文へ
メインメニューへ
ホームへ

映画の中の障害者 福祉の道を歩んできた大学長の映画レビュー

第3回

親と医師、ふたつの視点の違いから
見えてきた本質

「この世は自閉症と自閉症ではない2種類の人で成り立っている」と言ったのは脳神経外科医の大屋滋さんです。まだ発達障害者支援法ができる前のことで、自閉症というだけでは障害者手帳を持てず福祉サービスも受けられなかった時代なので、とても新鮮に聞こえました。その大屋さんが中心になって自閉症など発達障害の子どもが一般診療科できちんと診察や治療してもらえるようにする活動を始めて、もう何年にもなります。自閉症児者を家族に持つ医師・歯科医師の会(AFD)には百数十人の会員がいるという。

4人の子を育てながら

知的障害者の権利擁護がテーマのシンポジウムが栃木県で開かれた時のことでした。笑顔を絶やさずに発言する女医さんが会場の視線を集めていました。このようなやさしい女医さんが知的障害者の地域生活や権利擁護をサポートしてくれる街はいいなあと思っていたところ、実は障害のある子のお母さんでもありました。

柳川悦子さんは94年、栃木県佐野市で夫とともに小児科医院を開院しました。自閉症の長男、ADHD(注意欠陥多動性障害)の傾向のある次男など4人の子育てをしながら、医師としても活躍しています。気さくな人柄で、とても率直に障害児の母親としての苦悩や希望を語ってくれました。

それからすぐに、全日本手をつなぐ育成会の機関紙「手をつなぐ」に寄稿をお願いしたところ、快く引き受けてくれました。

「子どもはみんなかわいいと思ってきた私ですが、初めて自分の子を抱いたとき、自分のお乳を吸っている顔を見た時、こんなにも愛おしい者がいるのかと、自然に涙があふれるほど感動しました。しかし、このかわいい天使が知的障害を持つ自閉症であることを認めざるを得ない状況になった時、今度は違う意味の涙が止まりませんでした」(「手をつなぐ」より)

医師はわが子の障害をどう受けとめるか

生まれた子どもに障害があるかどうかを診断するのは医師です。その医師が自分の子どもに障害があった時、どのように受け止めるのかということにとても関心があった時期があります。

岡田稔久さんと「親」(Sプランニング)という本で対談したのはちょうどそんな時でした。岡田さんは国立療養所に勤務する小児科医でした。自閉症の子どもが生まれ、いまは熊本市内で「くまもと発育クリニック」を開業し、日本自閉症協会理事を務めたりしてます。

「出産というのは一般的にはものすごくハッピーだと思われているのですが、必ずしもそうじゃない。いつも何が起こるかわからない、子どもには何があっても不思議ではない。だから、一般の親が子どもの障害を受容するのと同じような過程は通らなかったのではないかと思う」

診断し障害を告知する医師の立場、それを受容する親の立場。自分の中にある二つの役割をどのように引き受け、折り合いをつけているのでしょうか。医師や法律家のような専門職に就いている障害者の親はとても多く、最近は少しずつ自分の立場を仕事の中で明らかにして活動する人が目立つようになってきました。そうした専門職がもっと増えていくことによって、障害者の権利擁護や地域生活をよりよくしていく環境が整っていくだろうと私は思います。専門職と親という心情的には対立し矛盾しかねない役割に折り合いをつけられるのだとすれば……という点に私の関心はありました。

医療に求められるもの福祉に求められるもの

医療と福祉とは似て非なるものだと岡田さんは言います。医療に求められるものは「解決」、福祉に求められるものは「サポート」。これが親の視点と医療の視点の違いだというのです。

「日常の中では自分の息子のことに関しても患者さんのことに関しても厳密にはまったく区別ができない状況ですね。どうやっているかといえば、今、自分ができる医療としてのベストなことと、福祉的なことでベストなこと、という形を模索しながらやっているというのが現状です」(「親」より)

国立療養所という安定した職場を出て、岡田さんは多額の借金をし発達障害のクリニックを開業しました。ひとりひとりの子どもをじっくり診察するため、1日に10人も診ることができないといいます。当然、経営的には苦しく、自宅に帰って子どもと接する時間も減るわけですが、地域で暮らす障害児と家族にとっては大きな社会資源となっているのです。

「障害のある息子をもったおかげで、小児科の本質というか子育ての本質が見える位置に立てた。病気をもっている子どもを診るのか、子どもの病気を診るのかという違いは大きい。子どもたちはひとりひとり違う道を歩んで大人になっているのですが、障害や病気になるとその道に大きな岩や壁が立ちふさがっているイメージを抱かれる。しかし、何か障害物があるわけではなく、その道がたまたま自閉症という道であったというだけのことなんです」