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皆さま、体調を崩されたりしていませんか??

私は元気にしておりますが、今の仕事上、大変に日焼けしております。

が、少し私のうつ病について、あまりブログを記載する気が向かない日々でした。

というのも、健康診断で心電図の異常があったのです・・・。

実は、昨年もひっかかっていたのですが、検査結果は異常なし。

今年は別の異常が出ており、要検査となっています。

どうなることやら、わかりませんが、とりあえず検査中。

 

おって結果を報告できれば、と思います。

 

陽射しは刺す様、風は蒸される様、今年も尋常ではない暑さに見舞われていますが、

皆さまくれぐれもお体をお気遣いくださいね!!

五月に入り、陽射しが強烈ですね!

前回は4月頭の記入だったので、随分と間を空けてしまいました・・・。

この一ヶ月余り、充実した時間を過ごしています。

 

・とある雑誌の特集につき、取材に応じてきました。趣味が高じた感じがしています。

・東京国立博物館にて、長谷川等伯展ののち、細川家の至宝展を鑑賞。とてもいい企画展でした。

・読書量が増加中。ゆっくり本を読んで考え事をする余裕が出てきました。

・最近、よく道を聞かれるようになりました(笑)。医師からは、当初の顔つきは「カミソリ」の様に

 鋭かったとのこと、人間的には、いい方向でしょうか。

・そろそろ資格試験の準備を開始します!

 

と、箇条書きでの近況報告ですが、こんな感じで元気にしています。

障害者手帳と障害者年金、ランクはありますが、私は申請可能で、発行、受給も可能だそうです。

が、果たしてこれらを申請するか否か。

無論、秘密厳守であること、手帳については申請を更新しなければそのまま終了となるとのことはわかっているのですが、それでも手が出しにくいところです。

また、精神に障害を持つということで、その就労支援なども利用はできそうなのですが、こちらも悩むところ。

それは、前述した、企業にて守秘義務のある人が、それを果たさず思い切り暴露してしまったことがまず挙げられます。

次に、一度こういった就労をしていると、履歴書にてわかってしまいそうな気がして気が引けてしまいます。

また、私の様に中途半端な症状ながら、見た目は普通に極めて近いという状態であれば、それらがなくとも就労が可能であろうという見込みが大きいからです。

そして、税金を使ってそれらを受けるというのが、気が引けるところでもあります。

病気になって数年後から、これらの申請について考えていますが、結論は出ません。

もうしばらくしたら、症状は消えて、また、上手く共に生きていけそうな気がしているのですが、それから既に随分と経過しました。

さて、如何に・・・。

どうしたらいいと思いますか?という疑問を投げかけると、恐らく、そういう状態(悩んでいる状態)であるのならば、受給すべきでない、というご意見が多そうですね・・・。

 

話は変わりますが、ATARIMAEプロジェクトの素敵なポスターを受領しました。

大判で見栄えもするもので、地域の施設か、また、ボランティアをしている知人の施設に貼っていただこうかと考えております。

寒暖の差が例年に比べて激しく、頻繁に上下しているように思われます。

そして、冷たい雨に温かい雨、先日は温暖な当地でも、雪がちらついた次第。

さらには、今日の風の強さ!

湿度も上下、気圧も上下、と、体には結構な負担ですが、皆様お元気ですか?

 

新年度が始まりました!

ようやく私も年度末の体調不良を乗り越えましたが、まだ前述の気候にはなかなかついていきません。

いや?、一つ乗り越えたら次の坂、そしてまた次の・・・と、続く状態ですが、

思えばそれが日常というもの、ですね。

今年の桜は、なんだかいつもに増して美しいというか、可憐なように目に映ります。

カワズザクラ、エドヒガン、ヤマザクラ、ソメイヨシノ・・・。

それぞれが徐々に花咲くのが、よくわかり、また、目に映えます。

 

例年よりも長く楽しめそうな気候だからでしょうか?

このところ数年、ゆっくり桜を愛でるような余裕もなかったからでしょうか?

 

桜のみならず、季節の移ろいをよく目にするようになったと感じます。

つくしがこんなところに!とか、これはカントウタンポポだな!とか。

沈丁花や連翹の花もいつ頃に咲くのか、改めて認識しましたし。

 

季節に特有な、空気の香りも、より敏感にわかるようになったようにも思いますね。

 

まだまだ体調は山谷を繰り返していますが、できるだけ今の自然体で復帰、快復していきたいものです!

本日までの開催であった『長谷川等伯展』を見に、"聖地"と思っている東京国立博物館へ行って来ました。

 

この企画展、開催期間が短いのだが、後半で集客数を大きく上げて20万人を突破してますね!

本日も、最終日ながら大変な混雑。外に大きく列をなした、阿修羅展の時よりも穏やかながら、この人数はすごい・・・。

もっとも、桜開花と連休の好天もあってか、上野公園は大変な人込みでした。

 

列を見てゲンナリして帰ってしまう人もいるようでしたが、かくいう自分は、いろいろあったおかげで混雑でも人ごみでも、ほとんどイライラしなくなったことがありがたいことです。

おかげさまでか、初めて自分の眼で、建設中のスカイツリーを遠方に見つけました(笑)。

イライラしたり、不機嫌だったり、という心の波は、作品鑑賞には大敵だから、まあ、うつ病も何かと貢献しているものだと実感。

あ、あと、長身も役立ちました(笑)。

 

展示会場を何度も行き来して等伯ワールドを満喫。

特に印象的だったのは、仏画の数々。

水墨画の松林図屏風が最も著名だが、そもそも仏画を描いていたということ、連動して放送されていたテレビ番組と雑誌から初めて知りました。

無論、その松林図屏風も、楓図も、数々の風景画も素晴しかったです。

独特のリズム。精緻な描写もありながら、なんとなく滑稽な描き方もされる作品群。

いやぁ、ホント素晴しい・・・。

これに類似した表現が、日本以外にあろうか、と改めて独特の文化に感慨ひとしおでした。

 

長谷川等伯も、当時の権力者に認められる絵師を目指し、野望を持ってすごい努力を続け、一方で、自身の子を先立って失っています。

そんな中、書かれた絵画が松林図屏風だとか。

狩野派という、大きな派閥に挑戦していったことは、なんとなく今の世の中にもありそうなケースですね。その中、子を失うという強烈な試練にも関わらず、国宝となる作品と名を残しました。

 

自分を振り返ってみても、「カミサマはその人が乗り越えられない試練を与えない」というが、誠にもってそうだなぁと改めて思います。カミサマという存在をあまり信じていない自分ですが、そんな"何か"はありそうだなとは思いますね。

時々の試練、いざバリバリ仕事をしていた頃にバッタリ出会っていたら潰されそうですが、そうではありませんでした。

徐々に試練を通じて強く深くなっていく人間を感じ、また、実際傍目にもそうでありたいと思っています。

ミステリーかSF映画の様に、多くの人々がうっそうとしたジャングルが広がる、球体の

世界に閉じ込められた。

 

自分もその中の一人。

 

そこに居合わせたのは、見知らぬ人間達。

 

皆が閉じ込められたことに気づいて、元の世界、外に出ようと思いそれぞれ行動に

出始める。

その中で、一人が不思議な模様が彫られた、苔むした大きな石を発見。

その手が触った途端に、球体世界は動き出した。変化を始めた。

 

何かがあると感じた人々は、こぞって出口へのカギだと他の模様を探し、

見つけては触る。

そのたびにどんどん世界は変化していき、徐々にジャングルだった情景が構造物の様に

なってきた。

人々は協力し、どんどん球体世界を変化させていき、それに連れてどんどん模様の種類

も数も増えていく。

苔むした石が、綺麗に削り出された大きな石材のようになっていった。

あっという間に、一面が色々な模様の石材だらけの世界にかわっていった。

 

ある人が気づいた。きっと何かの規則で順々に触っていかねばならないのではないか?

人々はいろいろと話し合いながら、考えながら模様に触れていく。

その頃から、模様は絵文字の様に変化していた。

 

絵文字の彫られた石材は、触られるたびに柱の様に突出して直立するようになった。

一方で、消滅していく石が出てきて、その上にいた人は、落下していくようになる。

そのうち、"正しい"模様に触った人だけが生き残るようになっていく。

 

徐々に人々が殺気だっていった。ついには"正しい"と思われた石の上を巡って殺し合い

に発展していく。

生き残っていった人は、翼を得たり、刀や槍などの武器をもったり、体格が大きくなったり

と、どんどん力を得た。

さらに殺し合いはエスカレートした。さながら映画『300』の様な壮絶さ・・・。

 

ついには残り2人になったが、そのとき、1人しか助からないのだ、と2人は気づいた。

 

しかし、石を巡る闘いを制した1人になった時、球体世界は全てリセットされたように元に

戻り、人々もまた皆生き返って戻されてきた。

 

リセットされても世界は変化を続け、絵文字は文字に変化し、文字が螺旋状に生み出さ

れては渦を巻いて動いていく。

そうなると、人は再び協力を始めた。"正しい"と思われる文字がある場所に居る人が、

その石を選択していくようになる。

見渡せば、知らぬ人たちはいろいろな国の人になっていた。互いに"正しい"文字を求め

意見や知識を出し合い、石柱から落下していく人たちは、潔く生存者を祝福し、健闘を

祈った。

徐々に文字は意味を成す単語の羅列に変わっていく。

 

いろいろな国の人たちも、自分のネット社会での知り合い、顔見知りと変化し、高校

時代の友人たちへと変わっていった。

もはや争いはなく、皆一人でも元の世界へ生き残そうと、必死に協力し合っていた。

 

しかし、常に結果は同じ。

元の世界へ戻ることが出来ると期待させるような単語が出てくるかと思えば、1人に

なると必ずリセットされる。

出口を思わせる記号を触っても、リセット。

 

時には、自分も最後の一人に残った。緊張して単語や記号を触っていく。今度こそ

出口・・・??いや、リセット。

また、人が残っているうちに"最後の答え"と思われる石柱を立ち上げた途端、

恐ろしいギリシア神話の神の様な集団が襲いかかってきて、皆惨殺されてリセット

されるようなこともあった。

猛毒のへびが降ってきたこともあった。

 

ずっとその繰り返し。

でも、皆必ずこの球体世界から出ることができると思っていた。

 

そして"失敗"を重ねること無数、ようやく自分はこれが夢を見ているのだと気づいた。

 

???????

 

人は、そして人の集まりは、それが"正しい"と思うものを目指して進みながら、

淘汰され、それを延々と繰り返していく生き物なんですね。

"正しい"1つの答えなどないことを漠然と知りながらも、選択を繰り返す、そうしていく

宿命なのだろうと感じられました。

今の自分にとっては、何となくうつ病から脱却する答えが暗示された夢だと感じて、

朝はすがすがしい気分になっていました。

それにしても、夢の終盤で協力し合ったのが高校時代の友人とは興味深い。

この時代に何かあるのかなぁ。 

 

しかし、どうも夢を文字にすると矛盾や破綻が起こりますね・・・。

確かに、夢は映像、しかも現実にはない展開の連続ですからね。

少し落ち着いて書ける様になったと思うので、とんだ顛末を一つ。

およそ3年前になるでしょうか。

私の転職先の会社が、元の会社に問い合わせしたことによって、私の同意も報告さえもなしに、

通院先、カウンセリングの受診先や病状の詳細、仕事の達成度などなど、全て筒抜けになりました。

うつ病というものの偏見の存在によって、転職先に全てを公開できないのはあまり嬉しくありませんが、

かといって、ありえません、全くもって、私個人をなんて思っているのか。

 

通院先には、転職した会社社長からの問い合わせ電話攻勢で迷惑をかける始末・・・。

主治医も憤るやら呆れるやら。

 

折角うつ病も投薬治療が再発防止に支点が移動して、仕事も徐々に・・・というところでしたが、

数日体調を崩したことによって、この始終が起こり、結局、てんやわんやの末、また自己都合退社を余儀なくされました。

「ウチの会社相手に、今後補償の裁判でも起こされたらかなわない。」という理由。

元の会社では、守秘義務とか、個人情報の管理とか、立派に謳っている会社ではあるのですが、

結局は問い合わせの来た上司個人の判断によるものになってしまうのですね。

この人の意識によって、情報は全て広がってしまったのです。

 

広がった情報、漏れた情報は、もう元の状態には戻りません。企業や組織サイドを信頼してゆだねている・・・恐ろしい話です。

無論、抗議もし、何度か元の会社から謝罪も受けましたが、何せエネルギーが欠乏している状態、

あまり形のあるものにはなりませんでした。

少なくとも、こういう状態が改善されていることを祈念・・・。

 

ちょっと原稿っぽさの残るままですが、取り合えず公開してみますね。 

今日は今の仕事を勤める中で、最大にタフな一日でした!

昼過ぎから雨が雪に換わり、その中、屋外での立ち仕事。

・・・今はリハビリも兼ねて、半日のパート契約での仕事をしているのです。

 

天気予報よりも低気圧が頑張ったようで、吹雪の様な状態になり、

思わずお寺で修行している様な感覚に。(それ程しっかりした修行の経験はないので、想像ですが。)

そんな低気圧如きに負けてなるかと気概だけはありましたが・・・、

スキー場にいる位の重装だったのですが、寒風に体はこわばって、いたるところが痛み、

手は赤くはれあがって、通勤時に使う手袋にはいらない始末(笑)。

 

でも、そんな私とコミュニケーションしてくれる方々の温かな励ましで、無事に帰ることが出来ました。

加えて、このやりきった感、重要です!

先週は酷い有様でした・・・。

仕事は満足にできず、客先からも異常な顔色を心配され、

重要な会議を休むは、そのまま仕事も進まないは、

心療内科への通院予約を二度もスルーした上に、薬を切らして禁断症状、

週末の趣味(剣術)の稽古には欠席する旨の連絡一本すらできず、

玄関のチャイムも居留守、無論、電話も放置・・・。

昼夜、ほとんど寝てました(|| ゚Д゚)。

 

これ、全く病気のひどいときの再現ではないか!!

 

今日週があけて、なかなかよい一日が過ごせたので、ちょっとは上向きを期待しつつ、普段どおりに・・・。

 

年明けとか、年度替りとか、そういう節目に体調不良が起こるのは、以前からありましたが、今回は中々にして重いデス。

やっぱり、徐々に未来への不安が心の根底でドロドロしてきているのでしょうか。

先は見えません。

 

でも、週があけて少し良い体調でいられたのは、

「さて、病気がなかったら、先が見えるのか?やっぱり見えないではないか!?」

という、単純な一文の気づきでしたw

 

やっぱり、先は見えないものですね(笑)

プロフィール

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  • ウエムクサムライ
  • ’00年就職氷河期、最大手メーカーに就職、当時花形の環境プロジェクトを任される営業マンに。’03年、化学プロジェクトも含む企画職に異動、海外に案件も拡大し、より充実する毎日。 しかし!毎日”21時間営業中”という無理が祟り「うつ病」に。思わぬ病気で焦る私。病気は根深く復職と休職を繰り返し、結局退職へ追い込まれました。その後、大きく二転三転する生活に翻弄されながら、今日もほら、挑戦中!
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