11月は何かと忙しくてブログの更新が遅れてしまっています。
先週末は、宮古島の同級生の息子さんの結婚式に参加してきました。
そう、同級生というのはオバァが亡くなった時に第一報を知らせてくれた
隣のよしこちゃんです。
同級生の子供さんの結婚式に参加できる事が出来て最高です。
久しぶりに同級生に会うことができ、楽しいひと時を過ごす事ができました。
幼稚園、小学校を共に過ごしたのですが、中学校時代の思い出が少ないのが
少し残念です。
中学1年の2学期から宮古を離れて療護園で生活していたからです。
そんな療護園生活もあっというまに2年が過ぎ、中学校3年となりました。
卒業後の進路を決めなくてはいけません。
その頃は、いろいろと夢がありました。
英語の先生の協力でイギリスとアメリカにペンフレンドがいました。
そのせいか、英語の成績は上の方で将来は本格的に英語を勉強して
通訳の仕事をしたいと思っていました。
しかし、現実はそう甘くはありません。
14歳の私に色々と決断する時がきました。
オバァが亡くなって宮古島にはオジィが一人で生活しています。
オジィの長男は大阪に住んでいて、当時6人家族。。。
すぐに家族を引き連れて宮古に戻る事ができないということで
叔父・叔母の希望もあって、私に宮古でオジィと暮して欲しいと
いう話がありました。
もちろん大好きなオジィと暮す事は嫌ではありません。。。
私が高校卒業するまでには、叔父達家族が宮古に帰るという約束で
私も宮古の高校を受験する事を決断しました。
しかし。。。
自分の目指す高校がなかったのです。
でも、高校だけは卒業しておきたいという気持ちだけで、
目標のないまま普通科を受験することに決めました。
英語の先生のアドバイスもあり高校で英語力をアップして、
もう一度進路を決めればいいんじゃないかと考えたからです。
ようやく進路が決まった時、突然、主治医の先生から
もう一度手術をするので、中学卒業しても退院はさせないと言われました。
でも、私の卒業後の進路は決まっていたのでたとえ主治医の先生に
言われても諦めるわけにはいきません。
私は、主治医の先生に談判する事にしました。
先生、今度手術する事で私の足は完全に治るんですか?
完全に治るとは言えないが今よりはよくなると思う
今よりよくなるということは100%よくならないってことですか?
100%良くなるとは言えない。。。
100%じゃなければ 私は手術は受けません。
これ以上、足を切ってもよくならなければ今のままでいいです。
私は、友達と同じように高校に行って同じように青春時代を過ごしたいです。
1年遅れても高校に行けるし、同じように過ごせるだろう?
ダメです。今の同級生と同じ学年ですごしたいので1年後ではダメなんです。
ガンとして聞かない私に主治医の先生は私に一つの条件を出しました。
じゃあ、それなら高校受験は認めよう。。。。
その代わり、受験に失敗したら手術を受けて後1年療護園に残ること。
それならいいだろう?
分かりました。絶対に高校に合格して見せます。
後1年療護園に残るなんて考えられませんから。。。
そうして、私と主治医の先生との約束がスタートしました。
先週末は、宮古島の同級生の息子さんの結婚式に参加してきました。
そう、同級生というのはオバァが亡くなった時に第一報を知らせてくれた
隣のよしこちゃんです。
同級生の子供さんの結婚式に参加できる事が出来て最高です。
久しぶりに同級生に会うことができ、楽しいひと時を過ごす事ができました。
幼稚園、小学校を共に過ごしたのですが、中学校時代の思い出が少ないのが
少し残念です。
中学1年の2学期から宮古を離れて療護園で生活していたからです。
そんな療護園生活もあっというまに2年が過ぎ、中学校3年となりました。
卒業後の進路を決めなくてはいけません。
その頃は、いろいろと夢がありました。
英語の先生の協力でイギリスとアメリカにペンフレンドがいました。
そのせいか、英語の成績は上の方で将来は本格的に英語を勉強して
通訳の仕事をしたいと思っていました。
しかし、現実はそう甘くはありません。
14歳の私に色々と決断する時がきました。
オバァが亡くなって宮古島にはオジィが一人で生活しています。
オジィの長男は大阪に住んでいて、当時6人家族。。。
すぐに家族を引き連れて宮古に戻る事ができないということで
叔父・叔母の希望もあって、私に宮古でオジィと暮して欲しいと
いう話がありました。
もちろん大好きなオジィと暮す事は嫌ではありません。。。
私が高校卒業するまでには、叔父達家族が宮古に帰るという約束で
私も宮古の高校を受験する事を決断しました。
しかし。。。
自分の目指す高校がなかったのです。
でも、高校だけは卒業しておきたいという気持ちだけで、
目標のないまま普通科を受験することに決めました。
英語の先生のアドバイスもあり高校で英語力をアップして、
もう一度進路を決めればいいんじゃないかと考えたからです。
ようやく進路が決まった時、突然、主治医の先生から
もう一度手術をするので、中学卒業しても退院はさせないと言われました。
でも、私の卒業後の進路は決まっていたのでたとえ主治医の先生に
言われても諦めるわけにはいきません。
私は、主治医の先生に談判する事にしました。
これ以上、足を切ってもよくならなければ今のままでいいです。
私は、友達と同じように高校に行って同じように青春時代を過ごしたいです。
ガンとして聞かない私に主治医の先生は私に一つの条件を出しました。
その代わり、受験に失敗したら手術を受けて後1年療護園に残ること。
それならいいだろう?
後1年療護園に残るなんて考えられませんから。。。
そうして、私と主治医の先生との約束がスタートしました。




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