オバァが亡くなった後も不思議と宮古島にオバァが待っているような気がして
寂しいとか悲しいと思うことがありませんでした。
ベッドから起きれるようになって、ギブスが取れた右足はまっすぐに伸びていました。
しかし、長くギブスを巻いていたため膝が硬直して曲げることが出来ません。
そのため地獄のような(大げさかな?) リハビリがスタートしました。
毎日、夕方になると処置室に呼ばれて膝に蒸しタオルを乗せて
硬直した膝をじわじわと曲げるのです。
膝が真っ赤になるほどの熱さと無理やり膝を曲げる痛さに絶える日々が
続くのですが、思うように曲がりません。
ある日、主治医の先生が
「痛いと言って、訓練しないと余計に曲がらなくなるから、
先生が曲がるようにしようね」
そういって始めたのが。。。
私をうつぶせに寝かせ、先生が私の上に馬乗りになり
右足をぐいぐいと曲げていくのです。
いた?い
大声で叫ぶと、「お前はチューバーだからこのぐらいは我慢できる」
と言いながら更にぐいぐいと曲げるのです。
普段でも鬼のように恐い先生が、更に鬼に見えました。
あまりの痛さに
痛いってば?
そう言ったかと思うと
反対の足で先生を跳ね飛ばしていました。
先生もビックリ!
私もビックリ!
無意識のうちの行動でした
あきれた先生もリハビリの手を止め
今日はこれ以上やらないから自分で訓練しなさいよ!
次の回診で曲がってなかったら又やるよ
それだけは二度と味わいたくないので
それから毎日ベッドの上で膝を曲げる訓練を続け。。。。
約束の回診の時は膝が90度まで曲がるようになっていました。
もちろん、地獄のリハビリは無しです
そして3月。。。
ドキドキの先輩が卒業と同時に退園することになりました。
結局、チャンと話をすることはありませんでしたね。
チョッと寂しい春でした
寂しいとか悲しいと思うことがありませんでした。
ベッドから起きれるようになって、ギブスが取れた右足はまっすぐに伸びていました。
しかし、長くギブスを巻いていたため膝が硬直して曲げることが出来ません。
そのため地獄のような(大げさかな?) リハビリがスタートしました。
毎日、夕方になると処置室に呼ばれて膝に蒸しタオルを乗せて
硬直した膝をじわじわと曲げるのです。
膝が真っ赤になるほどの熱さと無理やり膝を曲げる痛さに絶える日々が
続くのですが、思うように曲がりません。
ある日、主治医の先生が
「痛いと言って、訓練しないと余計に曲がらなくなるから、
先生が曲がるようにしようね」
そういって始めたのが。。。
私をうつぶせに寝かせ、先生が私の上に馬乗りになり
右足をぐいぐいと曲げていくのです。
いた?い
大声で叫ぶと、「お前はチューバーだからこのぐらいは我慢できる」
と言いながら更にぐいぐいと曲げるのです。
普段でも鬼のように恐い先生が、更に鬼に見えました。
あまりの痛さに
痛いってば?
そう言ったかと思うと
反対の足で先生を跳ね飛ばしていました。
先生もビックリ!
私もビックリ!
無意識のうちの行動でした
あきれた先生もリハビリの手を止め
今日はこれ以上やらないから自分で訓練しなさいよ!
次の回診で曲がってなかったら又やるよ
それだけは二度と味わいたくないので
それから毎日ベッドの上で膝を曲げる訓練を続け。。。。
約束の回診の時は膝が90度まで曲がるようになっていました。
もちろん、地獄のリハビリは無しです
そして3月。。。
ドキドキの先輩が卒業と同時に退園することになりました。
結局、チャンと話をすることはありませんでしたね。
チョッと寂しい春でした




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