なぜだか、叔父や叔母達も来ていた。
麻酔から完全に覚めていなかったせいか、会話も殆どせず
うつろな状態で眠っていましたが、夕方母が「お姉ちゃんと交代しようね」と
言って母の一番末の妹が私に付き添うことになりました。
物心ついた時から母の妹を「ネエネエ」と呼んで慕っていたので
私は母より何でも話せて甘える事ができる姉さんだ。
時には喧嘩もしたりで姉妹のように育ってきました。
実際、母が離婚した時に私は祖父母の戸籍に5女として登録されていたので
戸籍上は本当の姉妹です。面白いことに母とも姉妹になりますね(笑)
麻酔が完全に切れた時から、痛みとの闘いが始まります。
傷口がジワジワ痛み始めます。
痛み止めの注射を打ってもらいますが、一時だけです。
手術の後は水も飲むことも出来ません。
喉の渇きと傷の痛みをこらえながら回復室のベッドでようやく眠りに入った頃
ナースステーションの電話が鳴り響き、ふと目が覚めると「ネエネエ」が私の
側に来て「あんたのお母さんから電話があって、
疲れたからオバァの付き添いを代わって欲しいって」
「だから、ちょっと代わってくるね」
そう言って姉さんは、病室を出て行きました。
その翌日から誰一人私の見舞いに来ることはありませんでした。
そして、やたら看護婦さんが優しい。。。。
一週間が過ぎ、数学の先生が見舞いに来た時、私は先生にお願いをしました。
「先生、手術をした後から、お母さんも誰も見舞いに来ないよ!
きっとオバァに何かあったと思うのでお願い!
オバァの入院している病院へ様子を見に行って欲しいの」
必死にお願いする私の頼みを先生は快く引き受けて、
オバァの病院へ様子を見に行って下さいました。。。。多分
翌日、先生が来て
「病院へ行って来たけど、おばあちゃんは大丈夫だったよ!
心配しないでって!お母さん達もちょっと忙しくて顔をだせなかったのゴメンネって言っていたよ」
その言葉を聞いて私はホッとしました。
3度目の手術は結構しんどくて毎日が苦痛の日々だったのとギブスを巻かれ身動きが全くできず
寝たきりの身体は全身が痛くてたまりませんでした。
更に毎日傷口に化膿止めの大きな注射を打たれて、その痛さは拷問のようで言葉では表せません。
でも、早く回復してオバァに会いに行くことを願って回復室で一人、
天井を眺め長い一日を過ごしていました。
手術から10日たったある日、宮古島の同級生から一通の手紙が届きました。
よしこちゃんからだ。。。。
家がすぐ隣で幼稚園から毎日一緒にいるほど仲良しの友達です。
手紙を読んでいるうちに私は泣き崩れてしまいました。
手紙には大好きなオバァが死んでしまったと。。。。
オバァが亡くなって私が悲しんでいるだろうと思い、慰めと励ましの手紙だったのです。
手紙を読んでも絶対に信じられませんでした。
ようやく回復室から自分の病棟に戻った時、先輩達から慰めの言葉を受けても信じることができず
私のアルバムからオバァの写真が抜き取られていたことがショックでした。
そんな中、3学期が始まりましたが、ギブスを巻かれた身体はベッドから起き上がる事もできません。ベッドごと移動してベッドクラスで横になったまま授業を受けます。
不思議な事に毎朝、耳元で
「仁美ちゃん、いつまで寝ているの!学校に遅刻するでしょう。早く起きなさい」
とオバァの声がハッキリと聞こえて目が覚めるのです。
オバァはいつでも私の事を「仁美ちゃん」と呼んでいました。
療護園に入ってからも時々手紙が届き文章の始めは「私の可愛い仁美ちゃんへ」と
書かれていました。
その声を聞いた時、オバァは私の中で生きているんだ、亡くなってしまったのかもしれないけど
天国に行っても私の事をいつでも見守ってくれているんだから、何時までも悲しんでいてはいけない天国に行っても心配させちゃダメだとオバァの死を受け止める事が出来ました。
49日が終わった頃、ようやく母が私の所に来て
「あなたに話があるの」と真剣な顔をして話はじめようとしたので
「分かっている、オバァが死んだんでしょう」
「全部知っているよ!でも毎日夢の中にオバァが出てくるから大丈夫!泣かないよ」
と答えると母はビックリして!
「本当にあんたは強いね?オバァが夢に出て来るなんて羨ましいよ」
「お母さんの所には一度も出て来ないよ!それだけあんたはオバァに愛されていたんだね」
ちょっと悔しそうに話していました。
母は東京へ帰る前に私にオバァが亡くなった事をどう告げたらいいのか
ずっと悩んでいたそうです。
先に私が言ったことでホッとしたのと私が元気だったので安心して東京へ戻れると言い残し
「あんたのアルバムからオバァの写真を一枚取ったからね。
とてもいい写真だったので遺影の写真として使ったよ」
アルバムから写真が亡くなっていた訳が分かりました。
そして、手術後の身体を気遣って私に嘘をついた先生は
「ゴメンネ!あなたから病院へ行って頂戴とお願いされた時はドキッとしたよ。
どう答えていいのか悩んだけど、あの時は本当の事を言わない方がいいと思って嘘をついてしまった。悪く思わないでね」
「先生、ありがとう!」
先生や友達周りに人達が私に気遣い心配していた事を嬉しく思いました。
33回忌を終えた今でも、私の心の中にはオバァが生きています。





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