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至急帰れの連絡が!

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中学初めての夏休み、いつものように東京の両親の元へ行くことになりました。

そして、初めて船での一人旅です。ship

当時は、飛行機なんて贅沢な乗り物です。airplane

宮古島から沖縄本島へ行くにも船でした。ship

宮古からの本島までの時間は夕方5時?6時に出航して
朝方には着いていたので長くは感じませんでした。

今では、飛行機で45分です。

そして、那覇から東京までの航路は2泊3日。。。

途中、奄美大島? だったと思いますが、
パスポートのチェックや荷物の検閲がありました。

叔母達に見送られて一人、東京へと出航です。ship

寂しさや不安は全くなく、自由に船の中を探索しながら
船上で友達もでき、2泊3日の船旅も楽しく過ごす事が出来ました。

しかし、晴海埠頭に到着すると迎えに来ているはずの母の姿が見えない。。。。coldsweats02

乗船客もすべて下船して、船員の方も心配して一緒に迎えを待ってくれました。

港の待合室で一人どのくらい待ったでしょうかthink

ようやく母が迎えにきました。

方向音痴の母は、晴海埠頭へ行くのに迷ったようです。

電車を乗り継ぎ、ようやく板橋の家に到着しました。

両親は、中古の一軒家を購入、小さな工場を経営していました。

カメラ・双眼鏡等の部品下請け製作所です。

忙しく働く両親の手伝いをしながら、6つ下の妹と夏休みを過ごしていたある日

宮古の祖母から連絡が。。。

「至急帰れ!」 

夏休み途中で、急ぎ東京を後に沖縄に戻ることになりました。

小児麻痺にかかった右足の治療を申請していた、
沖縄整肢療護園のベッドが空いて急遽入園が決まったからです。

手術をするにもある程度、骨が安定してからがいいということで
長年待ち続けていた右足の治療がスタートするのです。scissors

不安と期待を胸に帰りの船の中は、どう過ごしたか記憶にありません。

そして慌しく、転校の手続きと入園の準備が始まりました。



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プロフィール

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  • ウーマクオバー
  • 生後8ヶ月にポリオにかかり、右下肢マヒとなりました。中学3年間に手術とリハビリでなんとか人並みに歩けるようになり、宮古島の普通高校を卒業。兵庫県の東芝工場へ入社後、川崎へ転勤、そして結婚。身内や親戚もなく、誰も知らない横浜での生活の中で、3人の子供達は帝王切開で出産しました。横浜の団地生活も波乱ずくしでしたが、負けず嫌いの性格で何とか乗り越えて、15年前に沖縄に戻ってきました。現在沖縄の不動産会社でIT担当として日々頑張っています。沖釣りと家庭菜園が趣味。そして思い切りカラオケで歌うことでストレス解消しています。
  • http://umuza.ti-da.net/
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