
宮古島の小さな部落の小学校は、5年生になると隣部落の子供達も一緒に勉強します
バスは一日に数本しかないので、隣部落の子供達は歩いて登校してきますが
歩いて40分はあるかと思います。
当時は道路も舗装されてなく、畑のあぜ道のような農道を歩いてくるので大変だったと思います。
そのせいか、5年生に上がるまで隣部落の子供達とは殆ど交流がありませんでした。
私が、小学校3年生くらいだったでしょうか。。。。
放課後帰宅中に、遠くから私をからかう声が聞こえてきました。
ギッタ! ギッタ! ナイギギッタ!
宮古の方言でビッコという意味です。
数人の男子先輩が私の歩く姿を真似しながら、笑いながらからかっているのです。
そして、石を投げつけてきました。
一緒にいた友達が怒って、石を投げ返して追い払ってくれましたが
悔しくてしょうがありませんでした。
なんで、虐められなくてはいけないの?
私の歩く姿は、そんなに可笑しいことなの?
そんな悔しい思いを作文に書き綴りました。
私は作文を書くのが大好きで、たびたび作文コンクールで賞をもらっていました。
内容は
「私だって好きでビッコになったわけじゃない、病気でそういうふうになってしまったんだ
もし、自分がそんな身体になってしまったらどうするの? 自分の身近な人が病気になったら笑えるの? 身体の不自由な人をからかうことは恥ずかしい行為です」
そんな感じで書いたと思います。
そして、この作文が賞をもらって全校生徒の前で読み上げる事になりました。
その後、私をからかって虐めた先輩達が私の元へ謝りに来てくれたことを覚えています。
それからは、逆に私の事を守ってくれるようになりました。
今は、仕返しが怖くてそんな逆襲はできないのかもしれませんが
昔の子供達は素直だったのかもしれませんね。




こんにちは。ATAIMAEプロジェクト事務局のchihiroです。
小学3年生ながら、いじめに対して毅然と立ち向かったウーマクオバーさん、すごいです!
この年頃の男の子って、ささいなことで他人をからかったりするんですよね。
私も小学生の時はクラスで一番背が高くて、それで男子からからかわれた経験があるのでよく分かります。(その後身長は155センチで止まりましたが…)
でも、後でちゃんと謝りに来てくれるなんて、良い男の子たちですね。
大人であっても、なかなか人を傷つけたことに対して謝らない人は多いものです。
ウーマクオバーさんのおっしゃるように、本当は素直な男の子たちだったんでしょうね。
>スタッフchihiroさん
昔の虐めは、今ほど陰湿ではなかったと思います。
ヤンチャな子供達でしたね。
時々、同級生との会話で「あのときは、よく虐められたね?」「覚えてる?」なんて昔話に話題が尽きません。