私の兄は、事件で命をおとしました。享年26歳でした。
兄を追い越すことのなかった年齢を、今は、追い越して、生きてます。
兄の事を書いた記事に、コメントを頂きました。
「つい数週間前に、不慮の事故で兄を亡くしました。」
つらいお気持ちを、綴ってくれました。
兄が亡くなった時、両親の悲しみの大きさを知りました。大切な我が子を亡くす両親の悲しみを、一番近くで、痛い程、感じてきました。
だから私は、両親の代わりにしっかりしなくちゃいけない。
葬儀の段取りも、気丈に対応していました。
一段落して、久しぶりに向かう会社への道、
朝の光が、目の中に飛び込んで来た時に、感じたこと。
私は、生きている。
兄には、もう二度と、朝日が昇ることはないけど、
私には、無情にも、朝日が昇る。
どんなに辛くても、耐えられない経験をしても、時間は同じように、巡り、いつもと変わらない日常がそこにはある。
生きてる限り、平等に、朝は訪れる。
どんなに辛くても、朝は来る。
ぶわっと涙が溢れ、
止まっていた時間が、動き出した瞬間でした。
私は、止まってたらいけない。
生きているのだから。



