命あるものは、いつかは、消えてなくなる。
命は儚い。
だから美しく、光輝けるのかもしれない。
たまたま、"死"について考えさせられることを、偶然にも同じタイミングで何人かのお友達がそれぞれの体験を記してくれましたので、これは、偶然ではないと思い、"死"について書きます。
"死"について考えるということは、
"生きる"ことを考えること。
私は、常に、死を意識しています。
今この瞬間に、死ぬかもしれない。
大地震が来て、一瞬のうちに、瓦礫に埋もれるかもしれない。
事故に遭って、あっ!て思った瞬間、この世に居ないかもしれない。
と、常に思ってます。
だから、基本、今この瞬間死んでも1ミリも後悔しないように、生きてます。
だから、今やりたいと思った事は、今すぐやる。
思いたったアイデアは、次の瞬間、形にする。
私の、思いつきの即行動は、今この瞬間死ぬかもしれない。と思ってるから。
そしたら答えは簡単。
今死んでも後悔しないように、生きるだけ。
生きることに、本気です。
もし、今この瞬間死んだとしても、後悔はしません。
幼い子供を残して無念だとも思いません。
残された子供たちを、不幸だとも思いません。
だってもし、私が今死んだとしたら、子供たちも、母親を失う運命だっただけのこと。
母親を失っても大丈夫だと、神様が保証してくれてるから、そうなっただけのこと。
だいたいそのくらいで人生不幸になるような子には、育ててません。
いつ死ぬか分からない人生、いつその時を迎えても、「幸せだった」と思いたい。
今生きてる全ての人が、
明日も生きてる保証は誰にもない。
1時間後、確実に生きてる保証も、どこにもない。
1秒後だって、分からない。
だから、いつ死んでも後悔しないように、
今を精一杯、生きる。
私がそう思ったのは、高校の時に、2人の大切な友達を亡くしたから。
ある日突然。
数日前に遊んだばかりの友達の彼も。
昨日まで学校に来てた、私を可愛がってくれてた先輩も。
人生の終わりは、ある日突然やってきた。
何の前触れもなしに。
昨日までは、ううん、違う。
その瞬間までは、何も変わらない、日常。
だから私は思った。
明日生きてる保証も、1秒後に生きてる保証も、どこにもない。
だから、今を、精一杯生きるんだ。



