教室に様子を見に行くと、次男がかなり「変な人」になっていました。
小刻みに身体を動かして、ハイテンションで大きな声で独り言を言って止まりません。
丁寧に積み重ねて、つづれ織れのように隙間なく、隙間なく織り上げてきたものが、一撃で崩壊するのです。
残念ですし、理不尽に思います。
他害行為を頻繁に起こしてしまう人から被害にあったとのこと。
職員以外では、利用者に掴みかかるのは次男だけなので、確信犯的注意喚起行動なのだと思います。
狙い澄ましたように、無防備な一瞬にくらわせるパンチは強力です。
美術教室の先生方も、デイサービスの指導員さん達も、心を砕いてくださっていますが、それでも不測の事態が起こることがあります。
これが現実です。
どんなに頑張っても手が届かない。。。ことがあります。
どんなに気を配ってもわずかな隙を衝かれます。
知的障害があるとはこういうことでしょうか、否、知的障害や自閉症以前の問題があるのかもしれません。
人を選び、警戒している隙をついて起こす行動は、"発作"とは言えないでしょう。
何もかも、「障害」のせいにするのは腑に落ちません。
なにもかもを「障害」のせいにするのは、親の言い訳のように思います。
第三者から、「障害があるから仕方ないよ。」と言っていただけるのは慰めだったり救いだったりしますが、親自身は、「なにもかもを障害をのせいにしてはならない。」と思っていなければならない。。。と私自身を戒めています。
以前に、一度、私の目の前で事が起こった時に、次男は、「おう!やったろうやないか!」という表情を浮かべて、次男に突然掴みかかった人に向かっていこうとしました。
サッと指導員さんが間をさえぎって、次男を別の場所に誘導して、なだめてくださいました。
いつもはおとなしい次男の顔に、初めて浮かんだ表情でした。
まっとうな反応だと思って、嬉しかったです。
でも、知的障害がある自閉症の青年同士が傷つけあったとして、なにか良いことがあるでしょうか。
次男に反撃することを覚えさせたくありません。
反撃したところで、相手は自分の行為に非があるとはわからないでしょう。
兄がいて掴みあいのケンカの経験がある次男は、相手に痛い思いをさせる加減を知っているかもしれませんが、兄弟のいない人、それも知的障害があって自閉症でもある人がそれを経験的に知っているとは思われないので、直接ケンカさせるメリットはないように思いますし、危険だと思います。
2チャンネルあたりで、「○○は手加減を知らないから恐ろしい」と書かれるのはこのことだと思います。
それが、世間一般の「知的障害者のイメージ」になっているのでしょう。
この「知的障害者のイメージ」でどれだけたくさんの不利益があったり、もしかしたら冤罪だってあるのかもしれない。。。と思います。
障害者の足をひっぱるのは、別の障害者であることは、多々あることだと思います。
親子で乗り越えておくべきことには、指定期間があると思います。
成人してしまっては、「手遅れ」と言うこともあるのだと思います。
いつでも挑戦できるというわけではありません。
医療の力を借りてもよいのではないか。。。と思います。
学齢期を終えて、学校と言う場所を失って、煮詰まってしまう人もいるでしょう。
養護学校(現:特別支援学校)ほど、設備でも職員の数でも恵まれている場所はないと思いますので、そこを卒業してしまうと、「どこに居ても不満」という人もいると思います。
その不満はどうしようもないものなのでしょうか。
現場の工夫だけではとっくに限界が来ているケースもあるのではないか。。。と思います。
言わば、2次障害状態である「変な人」状態(ハイテンションの独り言が止まらない)でも、セッセッと手を動かして作業を続ける次男は痛々しいです。
自己修復中。。。という様子です。
次男の自助努力だけでは、普段の次男に戻ってから帰宅することはできないでしょう。
さて、どうしたものか。
気持ちが沈んで、焦ります。((+_+))








