母が寝室から出てくるのが遅くても、気にしていないようだ。
自分の体内時計に従って一日の日課を始めている。
次男は、アラームを鳴らして起きるのではない。
母には、真似できない。
母は、アラームが鳴らないと起きられない。
しかし、寒い。
母は、先週から左の肩、アゴ、耳の下が痛い。
ひょっとして、五十肩?(T_T)
母であることの有効期間が切れかかっているのか。。。。
気持ちが焦る。
息子達の役に立ってやれるのはいつまでだろうか。
生きててくれればいいと言うけれど、それだれじゃなくて、何かこう。。。後押ししてやれるような親でいられるのはいつまでだろうか。




会社の帰り道、バスに乗って私鉄の駅に向かう。
ときどき、ダウン症、自閉症、知的障害等の障害を持つ人と、その親と同じバスに乗り合わせる。
私が乗り降りするバス停の延長上、駅から遠いところに入所施設があるのだと思う。
本人さんも中年以上から初老と思われる。
したがって親の中にはかなり高齢の方もおられる。
胸が潰れる想いがする場面がある。
何組かの親子のなかで、特に、「老母と初老息子の親子」に出会うと、涙がこぼれそうになるのを必死にこらえる。
初老の息子は、老母の横に座って、背中を丸めて、絶えず身体を前後に揺らしている。
靴下を履いていない時が多い。
調髪を何カ月かしていないようだ。
もう一枚コートかジャケットを着せてあげたら良いのではないだろうか。。と思う。
老母は、一言も息子に声をかけない。
一瞥もない。
バスが駅について乗客が降りると、老母は息子に一言もかけないまま歩きだす。
初老の息子は、背中を丸めたまま母の1mくらい後をピタリとついて追っていく。
息子も母に何も言わない。
何も言わないで、見失ってはいけない背中を追っていく。
この背中を見失っては生きていく方法がないことを強く肝に銘じているように見える。
私と次男の関係も、時を経るとこの親子のようになるのだろうか。
子を大事に思うことは、体力と気力と経済力がないと出来ないのではないだろうか。
母親であることも有効期限があるのだろう。
そう思って胸の中がザワザワする。
この母子に出会うと、決まってその夜は眠れない。



