昨日、降るはずであった雨であろうか。
次男は、DVDを再生してエクソサイズの用意。
不恰好ながらも続けることに疑問も迷いもない様子。
次男の中の「安定」は、どこから来るのだろうか。
このままの次男であってくれたら、親亡きあとも居場所を得られるのではないかと。。と思いたいのだが。。
次男の安定の基は、「退屈な時間」を作らないこと。。ではないかと思う。
今朝のTVニュースで、映画「妻の貌」を紹介していた。
映像作家川本昭人氏が、50年の長きにわたり、原爆症で苦しみながらも家族を愛し、日常を積み重ねてきた妻を撮影してきた作品。。。だそうだ。
50年、妻を撮り続けてきたのは、妻への愛おしさ、戦争への怨念。。と言っておられた。
私が次男との毎日を書き続ける理由はなんだろうか。
次男への愛おしさ。
次男に、ごく普通の人生を与えてやれなかった罪悪感。
長男に、ごく普通の子ども時代を与えてやれなかった罪悪感。
自分自身へ"いいわけ"を許さないためのクビキ
次男の日常を記録しておくと、親亡き後に次男と初めて会った人にも、次男の生活の様子を知ってもらえるのではないかと思う。
今、現在、次男と向き合ってくれる人達には、次男の生活、私の思いを伝えていると思う。
私は、できるだけ「わかりやすい人」でありたいと思っている。
「わかりやすい人」であると、"お!じゃぁ、協力しようか。"と思ってくださる人と出会うことができるし、"うへぇ、こういうおばさん、苦手なんだよ。"という人は、私を避けて通ってくださると思うのだ。
私の文章は、万人にウケルとは思わないし、その必要はない。
出来たら、知的障害があろうとも、会話がおぼつかなくとも、健康的に何がしかの役割を負って生活していくことは可能なのだと知ってもらえたら、嬉しい。




次男のノートパソコンです。
中古ですが、気に入ってくれたようです。(^^)
私のPCを買う予定でしたが、長男と次男のノートパソコンに化けました。
母は、壊れるかと思っていたPCがまだしぶとく動くので、そちらを使い続けています。
トホホ



