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「お別れ」ができました。

昨夜、急逝されたダイスケ君に「お別れ」してきました。

結果オーライですが、すんなりとは行きませんでした。

作業所から帰宅して、シャワーして着替えて、待ち合わせ場所の事務所に向かって出かけたのが、4:40.
長男が連絡をくれました。

やった!大成功!
と思っていましたが、そうではありませんでした。

次男が待ち合わせ場所に来ない!!と連絡がありました。

次男はどこへいったのか。。。。
もしかして、行き場所を間違えて、作業所に戻ったのか。
デイサービスにいったのか。
作業所の施設長、デイサービススタッフのお電話してご心配をおかけしてしまいました。


ちょうど、2時間ほどして家に帰っていることがわかりました。
まずは、ホッ。。
次にガッカリ。。


でも、なんとしてもダイちゃんにお別れさせなくては。
ちょうど、私が仕事を終わったので、急いで家に帰って、次男を連れてすでに終わっているお通夜の会場に駆けつけることにしました。
息せき切って帰ると、次男はすでにパジャマでベッドに寝転んでいました。

母:次男くん、事務所に行かなかったの?

次男:行った!!居なかった!!

母:ああ、やっぱり、次男くんは、行ったのね。

次男:行った!居なかった!


そーんなことはないであろう。
次男は、なにか勘違いして「いない。」と思ってしまったのでしょう。


ともかく、

母:そうかぁ。。。残念やったねぇ。。
次男くん、今度はお母さんがいっしょに行くから、一緒にダイスケくんに会いに行こう。

と言いました。

次男は、文字通り、飛び起きて、パジャマを一瞬で脱ぎ捨てました。
片足立ちであっという間に靴下を履きました。

私は次男の半そでワイシャツを探しました。
洗濯ネットに入れて、洗濯機のなかにありました。
幸い、濡れていないし、汚れていないので、もう一度きてもらいました。
二人で家を飛び出ました。


次男は混乱せず、愚図りもせず、ありがたいと思いました。
ボスに電話すると、事務所の最寄の駅まで車で迎えに来てくださるとのこと。
ありがたいです。

次男と私を拾ってくださって、連れて行ってくださった斎場は、小規模のきれいな場所でした。
すでにご親族しか残っておられませんでした。

次男や長男が亡くなったら、私の親族、元夫の親族はこないと思うので、友人、施設や職場関係の人達だけのお通夜、お葬式になるな。。と思いました。


お詫びして、お焼香させていただきました。

次男は、ボスの指導でキチンとご焼香していました。
作法知らずの私は、後で考ええると、ちょっと変なことをしていました。
お焼香を炭にパラパラとしないで、お線香を立ててある灰の方にしていたかもしれません。

私が変なことをしている間に次男はダイスケくんのお顔を覗かせていただいていました。

ダイスケ、寝てる。
ダイスケ、おきて。
ダイスケ、おきなさい


とお棺をトントン叩いていました。

ダイスケ君と次男は金曜日に会っていました。
土曜日の朝に、元気に、1泊2日のショートステイに出かけた人が、日曜日の朝に心肺停止状態で発見されたのです。


突然に、息子を見送ることになったご両親の心中は、いかばかりでしょうか。



私も、何年かぶりでダイスケ君のお顔を拝見しました。
生前のダイスケ君のお顔には、緊張がありました。
昨夜のダイスケ君は、筋緊張がなくて、穏やかで、お顔を剃ってあって、きれいで、安らかでした。
亡くなっているという感じがしませんでした。

きれい過ぎて、実感がわかなくて、不思議な感覚に陥りました。

次男は、なんとも形容できない表情をしました。
ダイスケ君の死を理解できたのか、できないのか、わかりませんでした。

次男は勧められるままにお寿司やオニギリをパクパクいただいていました。

私は、
「こんなでいいのかなぁ。。。
いいも、悪いも、これが次男なんだ。」と思いました。


その後、また、ダイスケ君のお顔を拝見して、次男はちょっと泣きそうな、でも泣くわけではなく。
次男は、幼児期を除くと、「涙を流して泣くということがない人」です。



ずっと以前に、公園で鳩の亡骸を土に埋めたときのことを思い出しました。

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小学1年生のころ、スイミングスクールの帰り道、公園で次男を遊ばせていた。
遊ばせていたというよりも、公園の中をウロウロ歩いては他の子ども達の声や気配を背中で感じ取っているけれど、決して視線を合わせない次男と共に公園の中をただ歩いていた。
それがそのころの次男にできる精一杯のことだった。
次男なりに同世代の子ども達のそばに居たかったのだ。
一羽の鳩の死骸が立ち木のそばにあった。
次男は鳩に近づいてしゃがみこみ、なでた。
鳩は当然動かない。黙って次男に翼をなでさせてくれている。
次男は、鳩をなでながら「起きて、起きて」と言った。
次男はその時初めて動物に触れたのだと思う。
どこにも傷のない鳩は私の目にも眠っているように見えた。
逃げようとしないで、じっとして、翼に触れさせてくれる鳩に次男は嬉しそうだった。
次男は鳩に話しかけていたのだ。
次男の話せる言葉は今でも少ないが、当時はもっと少なかった。
次男は鳩が目を覚ますと思っていたのだろう。
ブルーグレーの鳩は美しかった。
ビロードの手触りと光沢があった。
私は、次男が納得するまでなでさせてやりたかった。

他の子ども達が鳩の死骸をなでている次男とそれを許している私に気がついた。
私は、次男の手をとり、鳩を抱えて公園の隅に行った。
植え込みの影で、木の枝で穴を掘って鳩を埋めてやろうと思った。
私が穴を掘っている間も次男は鳩をなでて「起きて、起きて」と繰り返していた。
私が鳩を穴の中に入れると次男は「え?」という表情を浮かべた。
「鳩は、死んでるよ。埋めてあげようね。」と次男に話しかけたが、無言だった。
次男は、鳩に土をかける私の手元をじっと見ていた。
私は次男が初めて友達になりたいと思った鳩を土の中に埋めた。
湿った土がこんもりと盛り上がった。
次男は湿った土をじっと見ていた。

2005年01月14日(金曜日)記

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命はどこへいくのだろう。
掌からりんごが転げ落ちるように、どこかへ転がっていくのだろうか。

老人の命は、"消えて"無くなる感じがする。
若者の命は、"転がって"どこかへ行ってしまう感じがする。


追いかけることができない。




また、ボスに最寄の地下鉄の駅まで送っていただいて、二人で帰宅しました。
11:00ごろでしょうか。


次男はすぐにシャワーを浴びてパジャマに着替えました。
いつもならば、ぐっすり眠っている時刻ですが、眠るのは時間がかかりそうな様子でした。
私もシャワーして自分の寝室に引き上げました。

今朝、次男はいつも通りにご飯を炊いて、お茶を沸かしていました。
二人でエクソサイズして、掃除しました。
卵焼きと味噌汁(キャベツ、わかめ)を作って、洗濯して、干して.6:50に作業所にでかけました。

 

子どもに先に逝かれるのは、無念です。
障害があろうとも、無念です。

「先に逝ってくれたらいいのに。」と言われる人もあるけれど、私は言いません。

私は言いません。

言わなくてよいようにしたいのです。

プロフィール

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  • haruko
  • 息子が二人いる母親です。零細企業に勤務しています。長男は、近くのマンションに独立したけれど、食事はシッカリ食べに来ます。次男は、自閉症で知的障害があります。地元の小学校、中学校の養護学級を経て、養護学校高等部を卒業しました。NPO法人の臨時職員で、作業所、デイサービスも利用しています。間違いなく障害者ですが、毎日、楽しそうにしてくれてうれしいです。
  • http://www.ktc-johnny.com/haruko/
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