昨夜、TVで映画「クライマーズハイ」を見ていると、長男がアイスクリームを下げてやって来た。
長男が生まれたのが1985年6月。
日航ジャンボ機が群馬県多野郡上野村の高天原山(たかまがはらやま)に墜落したのが8月12日午後6時56分 だった。
私は、長男とともに、まだ実家に居た。
クーラーの効いた部屋で、毎日顔つきが変わる息子を何時間も眺めていた。
翌日の13日は、あらゆるTV番組が放送を中断して墜落現場の様子をレポートしていた。
何年の後になって、123便に、私の小学校の同級生が乗っていて、亡くなっていたことがわかった。
彼は、ウラナリで、先生のコシギンチャクのような男児で、好きではなかったけれど、どんな青年になっていたのだろうか。
「大きな企業に就職して、両親は彼の将来を楽しみにしていた。」と当時の担任と電話話す機会があって、知った。
25歳、私は息子を産み、彼は緑深い尾根に散った。
あれから24年が過ぎた。
あの時、抱いていた息子が、あの時の私たちの年齢に近づいてきた。
長男が生まれたのが1985年6月。
日航ジャンボ機が群馬県多野郡上野村の高天原山(たかまがはらやま)に墜落したのが8月12日午後6時56分 だった。
私は、長男とともに、まだ実家に居た。
クーラーの効いた部屋で、毎日顔つきが変わる息子を何時間も眺めていた。
翌日の13日は、あらゆるTV番組が放送を中断して墜落現場の様子をレポートしていた。
何年の後になって、123便に、私の小学校の同級生が乗っていて、亡くなっていたことがわかった。
彼は、ウラナリで、先生のコシギンチャクのような男児で、好きではなかったけれど、どんな青年になっていたのだろうか。
「大きな企業に就職して、両親は彼の将来を楽しみにしていた。」と当時の担任と電話話す機会があって、知った。
25歳、私は息子を産み、彼は緑深い尾根に散った。
あれから24年が過ぎた。
あの時、抱いていた息子が、あの時の私たちの年齢に近づいてきた。
今になって、彼を失ったご両親の悲しみが少しだけ想像できるように思う。
長男が買って来てくれたアイスクリームは美味しかった。



