今日、次男がデイサービスに行っている間に、映画「彼女の名はサビーヌ」を見てきました。
小さな、小さな映画館でした。
観客は1/3くらいでしょうか。。。
ドキュメントフィルムは、残酷な現実を容赦なくスクリーンいっぱいに見せてくれました。
観客は、身動きする気配がまったくありません。
咳ひとつ聞こえませんでした。
美少女で、バッハを弾き、読み書きできて、話せて、ダンスして、家族のためにセーターを編み、スクーターを運転していたサビーヌは、精神病院に入院後、まったく別人になっていました。
"特別な子のための学校"へ通っていたサビーヌを両親は、12歳のときに姉妹たちの通う普通の学校に転校させたそうです。
サビーヌは、自傷、他傷、運動場で服を脱ぐ等の問題行動を起こすようになり、半年程で退学したそうです。
それから、27歳まで家で過ごしたそうです。
兄弟達が独立して母と二人だけで生活するようになると、問題が大きくなり、精神病院に入院させなければならなくなったそうです。
お母さんを殴り、髪をつかんで引き倒したそうです。
一番手をかけてきた娘にそんなことされたお母さんの気持ちは。。。
姉妹達がそれぞれの家庭で引き取っても、サビーヌの症状は軽快しなかったそうです。
それぞれの子供たちは怖がって。。
サビーヌには、子供達は「部外者」だったのではないか。
姉妹と自分を隔てる「部外者」だったのでないか。
姉で監督でナレーターのサンドリーヌは、「両親は、サビーヌの障害に気がついていなかった。」と言いましたが、"そんなバカな!"と感じました。
美少女でも、読み書きが出来ても、お話が不自由なく出来ても、時折見せる独特の表情は、間違いなく自閉症なのです。
そう思うのは、私が長く「自閉症児の母、自閉症者の母」だからでしょうか。。
本当に、12歳から27歳まで在宅させるしかなかったのでしょうか。
家庭以外にサビーヌの世界を広げることが出来なかったのだろうか。
11人兄弟が次々と独立していくと、見捨てられたように感じたらしいサビーヌ。
いずれ、兄弟達が独立するのは必然だったはず。
独立していく兄弟達の代わりに、たくさんの人達と出会わせる工夫は成り立たなかったのだろうか。
同じことが次男にも言えます。
独立していく兄、先に死ぬ母の代わりに、出来るだけ多くの出会いを、働く場所を、楽しむ場所を、終の棲家を用意してやりたいです。
入院中に多量の抗精神薬を投与されたり、拘束服を着せられたこと等の善悪は、私にはわかりません。
そうしなければ、サビーヌ自身と他の人達を傷つけてしまったのでしょう。
知的障害者の母親には、子の終の棲家を用意したい、子の葬式の段取りつけたいという気持ちがあります。
私は、最期の最期まで、もがいていると思います。
なんとかなるわよ、じゃ!お先にーーーーと、気楽に死ねません。



