翔子さんは、私の長男と同じ歳で、誕生日は2日違うだけでした。
翔子さんは、想像していたよりも、遥かに小さい人でした。
こんなに小さい人が、小さい手で、墨をタップリ含んで重くなった大きな筆を持って、身の丈を越す大書をするのかぁ。。。
気力が墨に乗ってほとばしるのでしょうか。
お母さんの薫陶が花開いたのですね。
おめでとうございます。
きっと、書をしている時間だけではなくて、すべての時間が、翔子さんを想う時間なのだと思います。
翔子さんのお母さんは、九段の書家で、翔子さんの為に、書道教室を開いたのは、翔子さんが5歳の時だとレポートにあった。
それを知って、
「いいわよねー、才能のある子は。
ウチの子なんてなんの才能もないわよ。
一芸があればねー」
なんて、思ってはいけない。
才能が開花するまでは、才能があるかどうかわからないのだから。
うまく、馴染んでくれるか。
続けられるか。
わからないままに、とにかく取り組んでみよう。。。とされたのだろう。
最初から、翔子さんに才能があるから教えてみようと思われたわけではないと思う。
「お母さん自身に才能があるから、いいわよねー
私なんて、なんの才能もないのだから。。。」
なんて、思ってはいけない。
障害のある子を産んだ母親の中で、いったい何%の母親がお金を稼げるほどの才能をもっているのか。
きっと、ほとんどの母親は、なにももっていない。
では、障害をもつことになった人の中で、ほんの一部の特別な才能のある母親に"当たった"人だけしか、幸福な人生をおくることができないのだろうか。
それは、ちがう。
まったく別の問題。
ふだんの生活の中に、私"特別な才能をもたない母親"が障害のある息子(娘)にしてやれることは、たくさんあるはずだ。
まず、「身きれい」にしてやりたい。
たとえ、どんなに稀有な才能があったとしても、次男は人の助けなしには生活していけない。
だから、「助けてもらいやすい人」になってほしい。
体臭プンプン、髪ボサボサフケだらけ、髭が熊五郎みたい、ズボンは腰パンで、いつもふんずけているズボンの裾は擦り切れている。。。状態では、誰も手をかしてくれないでしょう。
今のところ、次男はけっこうスッキリして見える障害者なんだけど。。。なにせ、親の目は甘い。大甘だからアテにならない。
そして、愛嬌が大事。
翔子さんの可愛らしいこと。
娘さんらしく、フワッ柔らかい風が吹くようだ。
どんなに大事に育てられたか、誰にでも想像できるだろう。
これが。。。次男の弱点なのだ。
初めて会った人には、「あんた、誰?」という顔をする次男。
容貌認識力が弱いので、人の顔を覚えるのが苦手なのだ。
同じ人でも別の場所で会ったらわからない。
いつも会う場所ではないところで、「やぁ。。また、会ったね。」と親しげに声をかけたら、「きゃぁー!」と叫んで逃げちゃうことだってある。
ああ、前途多難な次男くん。(*_*)
TVで翔子さんが調理していたカレーがおいしそうだったので、私も食べたくなった。
翔子さんと同い年の長男に「カレーが食べたい。作って」と頼んだ。
長男は、レンタルしたDVDとオヤツを持って家に来ていた。
最近、長男は、私が「おもしろい」といった映画のDVDをよくレンタルしてくる。
私はすでに見ている映画なのだけれど、居間で成人した息子と並んで座って、息子が用意して手渡してくれるスナックをポリポリ食べながら、私なりの薀蓄を語りながら、映画をみるのは、幸福な母親にしかできないことだと思うので、格別な時間だと思っている。
お兄ちゃん、自転車で、買い物に走って、カレーを作ってくれています。
次男は、ソテーする予定のキヌサヤの筋取りです。
我が家では、何かしないことには、食わしてもらえません。

へたでもなんでもやってみる!!やらせてみる!!が私のモットーです。
次男くん、お兄ちゃんが作ったカレーはいかがでしょうか。
Vサインだそうです。
長男くん、照れております。




