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スイッチが入った瞬間をおぼえている

長男は、少し神経質で、お腹の弱い子であったけれど、赤ちゃんながらに自分の意思を持つような目をする子だった。

ま、親バカの目にそう映っただけのことかもしれない。

 

次男は、1歳のころまで、いつもニコニコしていて、柔和で、とても赤ちゃんらしい赤ちゃんだった。

長男と違って、激しい夜鳴きをすることもなくて、ほんとに、「天使か?」と思うような赤ちゃんだった。

このへんが私の思い違いの激しいところなのだけれど。think

 

次男は、名前を呼ばれると、はい! と手を上げる「赤ちゃん芸」が得意だったし、気に入っているようだった。

特に、次男は、洗面所の鏡越しに名前を呼ばれて、はい! と手を上げて答える、自分の姿を鏡で見るのが好きだった。

ある日、次男は、はい! と手を上げて答えかけて、途中でハッと止めてしまった。

じ----と、鏡越しに私を見る次男。

うん?どうした??  と話かける私。

じ------と、鏡越しに私をみる次男。。。。。

 

思えば、あの瞬間になにかのスイッチが入ったのだ。

次に、次男がはい!と返事を1回だけしたのは、次男が2歳9ヶ月の時だった。

その1回だけの返事の後は、小学校の高学年のころまでは、返事はしなかったように思う。

 

次男が12月3日で2歳になって、12月8日に1歳3,4ヶ月の発達であると診断を受けた。

私が、診断は、「次男の発達の遅れは、他の子に追いつくことがなくて、その差は永遠に埋まることはない。」という意味であることを、理解するためには、あと、1年くらいが必要だった。

 

私は、この人を置いて先に死ななければならない。。。。

そう気がついて、号泣した。

 

長男は、次男の存在を負担に感じるようになるだろう。。。と思った。

それは、どうしようもないこと。

けれども、その思いを軽減してやることができるかもしれない。。。と思った。

 

次男がなにか、コトコトと指示される仕事をこなせる人になったら、

長男が、当たり前のことだけれど、仕事をもって、堅実に生活する大人になれたら、

 

二人の苦しさを減らしてやれるかもしれない。

 

そう気がついてから何年が過ぎただろうか。

息子達は、ともにヒゲがはえる年齢になった。

まだ、私の想いは叶ったわけではない。

道は、半ばだけれど、少し希望が見えてきたように感じている。 

プロフィール

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  • haruko
  • 息子が二人いる母親です。零細企業に勤務しています。長男は、近くのマンションに独立したけれど、食事はシッカリ食べに来ます。次男は、自閉症で知的障害があります。地元の小学校、中学校の養護学級を経て、養護学校高等部を卒業しました。NPO法人の臨時職員で、作業所、デイサービスも利用しています。間違いなく障害者ですが、毎日、楽しそうにしてくれてうれしいです。
  • http://www.ktc-johnny.com/haruko/
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